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川崎球場 |
別名・川崎劇場。
プロ野球では、セリーグ(大洋)とパリーグ(ロッテ)が本拠地にした球場。
アメリカンフットボールでは関東のメッカのひとつでもあった。
2007年のアメリカンフットボールワールドカップ第3回大会の会場のひとつ。
取り壊すという噂と、取り壊す予算がないという噂が流れる中、大地震があったら危険ということで結局取り壊された。
プロ野球では、公式戦はセリーグ1394試合、パリーグ1059試合が行われた。
珍プレー好プレー番組では選手の活躍よりも、外野席でいちゃつくカップルとかジャン卓囲んでる連中のほうが流されていたが、当時のキャッチが「テレビじゃ見れない川崎劇場」だったのはそういう意味だけではない。
王貞治の700号ホームラン、張本勲(当時ロッテ)の3000本安打、落合博満(当時ロッテ)の史上4人目の三冠王などのドラマが繰り広げられた。
特に昭和63年の、優勝をかけた「10.19 ロッテ-近鉄ダブルヘッダー」は、今も伝説のように語り継がれている。http://www.kanshin.com/index.php3?...
この歴史にさらにひとつのドラマを加えたのが、現参議院議員の大仁田厚。そう、この球場はあの有刺鉄線電流デスマッチ("爆破"もついてたっけ?)の舞台ともなったのだ。
ところで、私が初めてロッテの試合を見に行ったとき、不思議な光景を目にした。ピッチャーが投げるたびに外野スタンドの客がバックスクリーンを振り返り、ストライクだろうとボールだろうと「おおーっ」と歓声を上げるのだ。投げていたのが伊良部という投手で、客は球速の表示を見るために振り返っていたということはあとで知った。ストライクかボールか、換言すれば勝つか負けるかよりも、伊良部が何キロを投げるかに関心が集中するファン。これも私がロッテのファンになった理由の一つである。
川崎球場はまた、アメリカンフットボールのメッカでもあった。昭和46年のシルバースター(のちのアサヒビールクラブシルバースター)VS在日米軍オールスターを皮切りとして、社会人、大学、高校のアメフトの試合が行われた。一日に4試合がある日などは、試合の合間と各試合のハーフタイムで、計7杯も売り子からビールを買ったものだ。ロッテが千葉に移転し、マリーンズとなったあとも、売店のおばちゃんたちはオリオンズと書かれ
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http://www.kawasaki-kyujyo.co.jp/
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競技・観戦・競技場06.6.27更新
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