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本桑原甲子雄の「東京 1934〜1993」


水底で石を探る僕の頭の上を影がよぎったので降り仰ぐと、僕が好きだった女の子が泳ぎ去るところだった。

子供の頃、宝探しと称して、プールの底に沈めた小石を潜って拾う遊びをしている時の事である。恐らく僕と同じ石を狙っていたのだろう。夏の陽に光る水面を背景に、濃紺の水着で包んだ肢体が揺れ、「若鮎」なんて言葉は多分その当時は知らなかった筈だけれど、水底の静寂の中をゆらめきながら遠ざかる姿を見ているうちに腰の辺りがきゅんとして、何故だか尿意を催したことを覚えている。記憶に残る映像というものは不思議に静かである。

良くできた小説を読むと「時間」が強く意識される。否、時間という漠然とした概念ではなく、「取り返しのつかない思い」と言い換えた方が適切かも知れない。桑原甲子雄の「東京 1934〜1993」を見終えた時の感じは、この良くできた小説を読んだ時の感じに似ている。

この写真集に収められた商店の看板もマネキンも、俯瞰する市街も壁面に濃く落ちた影も、盛り場や雑踏ですら静寂に包まれ、見た筈のないこれらの映像が、あたかも僕自身の記憶の底に潜む映像のように静かに提示されているのである。 



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投稿者 なしはちの空間
カテゴリー 本書籍

02.4.17更新


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