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Limpbizkit / Significant Other |

リンプが起こしたロック新世紀の幕開け。このセカンド・アルバム『シグニフィカント・アザ-』から、たった3年しか経っていないということに僕は驚きを隠せない。堤防に彼らが空けた穴から幾多のバンドの波が押し寄せ、遂にアメリカン・ロックの新たな亜流が堰を切った。ヒップ・ホップ・ミクスチャー・バンドの乱立である。この後、ヒップ・ホップは完全に音楽の主導権を握り、ロック・バンドも例外なくその影響下のもとにアルバムをリリースすることになる。道標となってしまったリンプが既にキングのような扱いを受け、エアロ・スミスやローリング・ストーンズと同じほどの影響力があるとさえアメリカでは言われている。信じられないことだが、そのくらい後発のスピードは速く、彼らを前へ前へ押し出してしまったのだ。完璧なミクスチャー・アルバムの登場は全てを変えてしまった!といえる。
元テン・フット・シンディグのフレッド・ダースト(vo)が、サム・リヴァース(b)に声をかけ、リンプの母体は生まれた。ジョン(ds)、ウェス(g)と加わり最後に元ハウス・オブ・ペインのDJリーサル(tt)が加入し、デビュー時のラインナップとなったのは94年の末のこと。タトゥー・アーティストでもあるフレッドがコーンのフィールディに刺青を彫るなどしているうちに、コーンのメンバーとの親交が深まる。コーンのメンバーにデモを渡してから、名前がジワジワと広がり、デフトーンズなどからツアーの帯同を誘われ、参加。ライブ・アクトのすさまじさは評判になり、フリップ・レコーズはすぐさま彼らと契約をした。
97年、ロス・ロビンソンのプロデュースによる『スリー・ダラー・ビル・ヤ・オール$』でリンプは華々しいデビューを飾る。コーンほどのダークさはなく、エンターテイメント的に垢抜けた印象を持つ、リンプのライブの噂はとどまることを知らずに広がり、その年の秋からコーン、オージー、アイス-Tらとの『ファミリー・バリューズ・ツアー』をスタートさせる頃には、彼らの人気は尋常ではない盛り上がりを見せた。そして、運命の99年6月、プロデューサーにはあのサウンド・ガーデンやパンテラを手がけたテリー・デイトを迎え、『シグニフィカント・アザー』はリリースされる。
楽曲の出来のよさから言えば、1stアルバムこそ実は驚異の名盤であったと僕は思う。ラウドさが行き過ぎを見せて時に外れてしまう
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CD・レコード02.9.29更新
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