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あいまいな日本の私 (岩波新書) |
「decency」という言葉を最初に
意識したのは村上春樹から。
彼が直接decencyと言っているか
どうかは分からない。
ただ、自分たちのような成長の仕方
をする人間たちが世界のなかで僅か
に居て、わたしたちは、すぐに
リゾナンスする。
それは、どんなに遠くに居ても、
分かる。
ただ、言葉が与えられるまでには
時が必要だった。いや、時というか
経験だった。
それで、何年も何年もかかって、
村上春樹の小説の態度から、わたしは
3年前にdecencyという言葉に
辿り着いた。
それは、リゾナンスしない人間たちに
は決して分からないだろう。
丁寧に、上品に、
という言葉以上に理解することはできない
だろう。ややもすると、攻撃するだろう。
「なにを、上品だと。いい気になりやがって。」
リゾナンスする人間たちは分かる。
decencyという言葉が、どれほど激しい決意と
暴力の否定と、意志に基づいているか。
それは、一度、安穏とした日々を出たことが
ある人間じゃないと分からない。
わたしが愛する人は、病の淵から戻った。
わたしも、ある種の欠落の淵から戻った。
わたしたちは、戻ってきた。
だからこそ、渾身の力でリゾナンスし、
decencyと言う。
1994年、から十数年がすぎた。あらためて
大江健三郎の講演を読み、彼もdecencyと
言っていることに気がつく。
世界には、確実にひとつの線が走っている
と思うんだ。その線に、触れる。
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