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もうひとりのマリア |

米ミュージカル映画の傑作「サウンド・オブ・ミュージック」のモデルとなったトラップ家の次女──マリアさんは1914年生まれ、現在はバーモント州に暮らす。渡米して、すでに70年になる。
ドラマの主人公たちの後半生もまた、ドラマチックだ。
映画は一家がナチスの迫害を逃れて、徒歩でアルプスを越えていくシーンで終わる。実際のトラップ家は列車と船を乗り継いで、38年8月ニューヨークにたどり着いた。今もザルツブルグ郊外に残る、25部屋あったという生家の玄関の鍵を最後に締めたのは次女マリアさんだ。
欧州では確固たる名声を得ていた「トラップファミリー聖歌隊」も、渡米後には米ショービズ界の洗礼を受ける(笑)。「トラップファミリーシンガーズ」と名を改め、生まれて初めてというメイクをし(セックスアピールがたりないと指摘された)、スタンダードナンバーを歌いながら全米を回る。
コンサート、パーティ、移動という毎日はこのとき12人という大家族となっていたトラップ家には、宿泊代だけでもたいへんだったろう。1人1ドルのランチ代さえ払えずに、レストランに入ることをあきらめたという。
そして、World War II。オーストリアの民族衣装を着て、敵性言語で歌っていた家族は米市民権を申請する一方で、兄弟ふたりは米軍に志願して欧州戦線に向かう。当時はナチス統治下にあった母国と戦うことになったのだ。
残った家族は、バーモント州ストウに家を建て、自給自足の暮らしを始める。43年「ライフ」誌で、“戦時下の理想の家族”として紹介される=写真、表紙は英国陸軍元帥でアパルトヘイトに反対したヤン・スマッツ=。そこは、現在では「トラップファミリーロッジ」となり、私たちも宿泊することができる。
45年、兄弟は無事帰還。「トラップファミリーシンガーズ」は再び世界中でコンサートを開くが、ほとんどすべてが慈善活動だった。56年解散、それぞれが独立する年齢に達していた。87年、ジュリー・アンドリュース演じる家庭教師で、のちに兄弟姉妹の母親となったマリア・クチュラは82歳で亡くなっている。
“もうひとりのマリア”さんのほうは42歳のときパブア・ニューギニアに渡り、30年間宣教師として働く。その後、現地で出会ったキクリ少年を養子に迎え、未婚のまま82歳で母親となる。いまも音楽とともに暮らしている。
ちなみに、彼女が
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