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旧白洲邸 武相荘 |

白洲次郎のあまりのカッコよさに惹かれて知る事となった、鶴川の武相荘と名づけられた白洲正子との旧邸です。相模と武蔵の国境にあることと、無愛想をもじって「武相荘」というこのなんとも、ニヤリとしたくなる命名がなされたそう。移り住んだのは昭和18年で、戦前から戦中戦後を通じて終の棲家となるも、倒れて三日後に亡くなられたのは、赤坂の病院であるという事。遺言書の「葬式無用 戒名不用」も、なんとも、ロックでカッコイイ。真にダンディなジェントルマンとはこういうものなのでしょうか。。。
関西の者には、鶴川など、イメージの働かせようもなく、ただ、HPのアクセスに従って目指したのです。まだ新しい家の並ぶ坂を少しあがると見えてきました。入場料を払い、大きな長屋門をくぐる前にも、ショップ休みどころがあります。門をくぐると、そこは、穏やかな田舎の風景。ギャラリー、座敷、囲炉裏、書斎など建物の中には、二人を偲ぶ品々が再現されているし、広々とした庭もあるけます。
お昼には、予約しておいた正子ご贔屓のレストランによる次郎と正子が好んだというメニューの洋風弁当をいただいた。その日のメニューは『洋ねぎのキッシュ、チェリートマトのコンポート、紫キャベツのマリネ、フランス産鴨胸肉の田舎風パテ、鱈のペースト(以上オードブル)*カリフラワーのポタージュ*蒸したオマールエビとエストラゴン風味のマヨネーズソース、山形庄内牛のステーキ、ハマグリのエスカルゴバター、バターライスパセリ風味(以上メイン)パイナップルのコンポート、パンプリンキャラメル風味、フランス風シュークリーム・チョコレートソース添え(以上デザート)』とこう書くとすごい量のようですが、ほんの少しづつで、まだおなかに余裕がありました!
白洲次郎を知ったのは、彼が亡くなられてから。本田宗一郎さんと伴に、存命中を知りたかった方の一人です。
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