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本喜劇の解読


吉田健一は太宰治の文章を以下のように評している

「太宰治になると、こっちがもう解らない。太宰が日本の文学者がすべき仕事をしたかどうか、勿論、文学者だったに違いないとして、彼がした仕事はそれまでの文学者達が残した言葉を十分に使い回すのに止まり、後はその言葉の限界に頭を打ち付けていたという感じしかない。太宰は外国文学を読まなかった。他にも、外国文学の勉強をする代わりにただ文学、文学と念仏の代わりに唱えて、独自の境地を開いたと称される一派が昔からあるが、太宰はそれでもなかった。彼は寧ろ、もっと勉強する事が出来たのに、それ程勉強しなくても文学の世界で仕事をして行けることを発見した、そういう意味では怠けもので文章ばかり旨いこのこの頃の新進作家と言われる人達の先駆をなしたのだと思う。」

 青春時代に太宰の文章をたんねんに読んだわたしたちでも、吉田健一の言うことは最もだと感ずるところがある。方向性はまちがっていない。しかし、吉田健一の言う「外国文学」とは何の事だろうか。私たちは吉田の言う「外国文学」を味わうために、彼の様に寄宿舎にいったり、総理大臣の子どもになったり、階段から転げ落ちて英語で驚いたり、死ぬまでギネスビールを飲まなければならないだろうか。方向性は間違いが無いとして、ここでは「外国文学」というのが非常に曖昧である。
「喜劇の解読」は、佐藤清文が吉本隆明の「悲劇の解読」の向こうをはって書いた太宰治論である。難渋さとはまるで正反対の文章によって、ギリシア悲劇、フライ、太宰治それぞれのパーツが組み合わさっておりその合いは絶妙である。

「吉本隆明は太宰治の作品を「悲劇」として「解読」しようとしているが、むしろ、それは、「マイ、コメデアン」と書かれているように、喜劇的な様相を呈しているように思われる。吉本の「悲劇」概念は自然のミメーシスであるかのようにも見られている文化的次元を指すものではないが、彼が『悲劇の解読』でとりあげている書き手の中で--太宰治の他に小林秀雄、横光利一、芥川龍之介、宮沢賢治がある--真に「悲劇的」であるのは宮沢賢治だけである。悲劇は吉本が主張するほど簡単に演じられはしない。と言うのも、悲劇は感情移入や共感をめぐって成立しているわけではないどころか、むしろ、そらを拒絶することによって可能になるからである。『斜陽』だけでなく、彼の作品は、一見したところ
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投稿者 :-)の空間
カテゴリー 本書籍

08.7.5更新


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