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wishboneの日記
07.10.22
9:14 am
私はいろいろいやなことや不満なことはあっても(あったが)、それはなんだかんだいっても大したことではなく、私はとても幸せな人生を送れてきたと思う。ほしいものが買えなくても、食べるものに困ったことはないし(毎日同じものを食べていたときはあっても)。
そして今、自分自身の家族を持ち、育ててもらった家族にも囲まれ、大きな病気をすることもなく健康で、こんなささやかな幸せと呼ばれる幸せが自分の中ではとてつもなく大きいものだと感じる。
昔、同僚に”典型的なものを気にしすぎるよね”とちょっとばかにされぎみに言われたことがある。それは、子供がほしいけどいつつくったらいいかわからないという話をしてたときだ(と思う)。言われたときも、それを典型的とかコンサバとか呼ぶものなのかなあと悲しくなったのを覚えているのだが、今はそのつまらないといわれるかもしれない結婚や出産や子育てに幸せを感じることは、人間として生まれてきたときに別にばかにされるようなつまらないものでは決してないと本当に思う。でも、それを幸せと思わない人がいてももちろんおかしくないと思うのだけど。
切ないのはこの幸せはずーっと続かないということ。子供の成長を願うとき、それは私たちや両親の老いや永遠の別れを意味するし、それが生きるということなのだ。でも私にはそれが人生なのだ。と割り切れる精神力や哲学的精神はなく、ただただ悲しくなる。
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